<超訳>黄帝内経(上古天真論第一 その2)
こんにちは、渡辺です。
今回も黄帝内経をざっくり解説します。
解釈の仕方や、様々な意見があると思いますが、私なりにかみ砕いたものなので、異論があって良いかと思います。
気になる方はちゃんと解説本も何冊も出ているので、そちらを参照ください。
上古天真論の、上古とは、この本の登場人物たちからしてもずっとずっと昔と言う意味です。上古天真論は簡単に言えば、自然の法則に従って健康に生きていた昔の人たちの話を持ち出して、今の人間(って言っても2000年前ですが)がいかにちゃんと生きてないのかってことを比べている章ですね。
本当に古代の人達が健康的に長生きしてたかは不明ですが、日常生活がいかに自分の健康に影響を与えているかについて、科学が発展していない昔から考えられていたってことがわかりますね。
それでは、本文の超訳やっていきましょう。
超訳
昔の養生(長生き)の達人の教えによると、身に降りかかる危険は避け、心穏やかに生活している人は病気になるだろうか?
養生のルールを守った生活をしていれば、自然と今の生活に満足するようになります。
なので、何でもかんでも欲しいと思ったり、無茶な働き方をしたりしないし、今食べてる物や着ているもので十分に満たされていると感じます。
満たされているので、人と比較したりすることなく、どんな人とでも仲良くなれるし、自分の心に誠実になれるので、悪い事や嫌なことにははっきりとNOと言える人間になります。
昔の人はこうやって養生のルールを守って生活していたので、100歳くらい余裕で生きて、みんな元気だったわけです。
これくらいしっかりやれば、病気は近寄ってこれません。
原文
夫上古聖人之教下也皆謂之虚邪賊風避之有時。
恬憺虚無真気従之精神内守病安従来。
是以志閑而少欲心安而不懼。
形労而不倦気従以順。
各従其欲皆得所願。
故美其食任其服楽其俗高下不相慕。
其民故曰朴。
是以嗜欲不能労其目。
淫邪不能惑其心。
愚智賢不肖不懼於物。
故合於道。
所以能年皆度百歳而動作不衰者以其徳全不危也。
おまけ(google翻訳直訳)
古代の聖人の教えの下では、偽の邪悪な泥棒も時々避けられます。
Tian Zheの空虚さと真実の精神は、安全です。
それはのんびりすることであり、恐れることなくそれを心配しないことです。
形状ではなく、タイヤ。
すべての欲望は彼らが望むものです。
したがって、米国とその食品は、下品な優位性を賞賛することはできません。
彼の人々はPuを言いました。
中毒にst然とすることはできません。
予言を混同することはできません。
Yu Zhixianは物事を恐れていません。
だからタオに収まります。
したがって、1年に100年生きることができ、行動に退化しない人は危険にさらされていません。